花のように

　その日龍麻に会ったのは偶然だった。
　祖父に頼まれて龍山老師に届け物をした後、何となく新宿をふらふらしていたら、龍麻の方から声をかけてきたのだった。
「雪乃じゃないか。珍しいな、一人か？」
　慌てて髪やスカートの裾に手をやって、はっと雪乃は赤面した。
　こんな、タダの女の子みたいなことをして、オレは一体何をやっているんだ？
「よ、よぉ。あんたの方こそ、一人だなんて、珍しいじゃないか。小蒔達はどうしたんだ」
　せわしなく動こうとする手を無理矢理押さえ込んだものの、答える一瞬、声が裏返る。
「京一は補習で、あとの三人は部活。
　確かに待ち合わせて帰る時も多いけど、別に毎日一緒ってわけでもないよ」
　雪乃の心中を知ってかどうか、龍麻はいつもと変わらず、ちょっと笑って見せた。
　そのまま何となく一緒に歩くことになり、雪乃はひどく落ち着かない気分を味わうことになった。

　すれ違う女子高生達が、ことごとく龍麻のことを振り返る。中には、あからさまに声を立ててはしゃぐ女の子達もいた。
　こうして並んで歩く自分は、一体どんな関係に見えるのだろう。

　いつもより心臓の音が早い。隣の龍麻に聞こえてはいまいかと、雪乃は思わず胸を押さえた。

「・・・・って言うの？」
「え？」
　緊張で、龍麻が話しかけているのを、聞き逃してしまったようだった。
「ああ、嫌なら答えなくていいんだ。
　ただ、どうして雪乃は、自分のこと『オレ』って言うのかなと思って」
　聞き返したのを、答えたくないのだと受け取ったらしく、龍麻は少し決まり悪そうに鼻のあたりをかいた。
「え、どうしてって、その、オレは姉さんだし、雛を守るために強くならなくちゃって、」

　慌てて答えながら、雪乃は、どうしてこんな弁解じみた言い方をしているのだろう、と更に落ち着かなくなった。
「もしかして、へ、変か？」
　龍麻の背が高いから、どうしても上目遣いに見上げるようになってしまう。
　媚びた目つきにならないよう気を付けながら、雪乃はおそるおそる問い返した。
「別にそういうつもりで言ったんじゃないけど。
　そういえば桜井も自分のこと『ボク』って言うし、『お姉さん』って、結構大変なのかと思ってさ」

「龍麻君は、女が『オレ』なんて言うのは、やっぱり嫌なのか？」
　訊かない方が良い、と判っているのに、雪乃は口に出さずにいられなかった。
　他の誰でもない、龍麻だけの答えを聞けるのは、きっと今しかないだろうから。
「別に、嫌とか、そんな風には思わないよ。俺なんか、一人っ子だし、兄弟のそういう結びつきってちょっと羨ましいな。
でもまあ、女の子はやっぱり『私』って言う方がきれいに聞こえるんじゃないかと思うけどね」
　最後の言葉を聞いた途端、雪乃の頭に、かっと血が上った。
「やっぱりあんたも、雛乃みたいに、女らしい子の方が好きなんだろう」
　龍麻は一瞬、きょとんとして、それから声を立てて笑い出した。
「何が可笑しいんだ、俺は、雛乃をあんた達みたいな悪い虫から守るために・・・ッ」
　雪乃は、つかみかかりたい衝動をぐっとこらえた。
　こいつも所詮、そこらにいるタダの男と同じだったんだ。
　口惜しさで、目許に涙が滲む。

　ふと、龍麻が真顔に戻った。静かな視線は、人の胸を貫くかのようだった。
「そんなに苦しいなら、無理しなければいい。
雛乃さんだって、ちゃんと自分のことは自分で守れるさ。そうやって、君を縛り付けているのは、自分自身じゃないのか？」
　龍麻の声は、静かで深かったが、雪乃は思いきり頬を叩かれたような気がした。
「あんたなんかに何がわかっ・・・！」
　思わず手が出そうになったが、それをしたら、完全に自分の負けなのは判っていた。
　握りしめた手にぽたぽたと涙の雫が落ちる。
　顔を真っ赤にして俯いた雪乃が泣いていることに気付くと、龍麻は困ったように空を仰いだ。
　通り過ぎる人たちが、二人を興味津々で見ながら通り過ぎていく。
　仕方なく、龍麻は雪乃の手を引いて、人目につかぬ方へ駆けだした。


「言い過ぎたよ、ごめん」
　龍麻は悪くない、そう思っても、雪乃は咄嗟に許す言葉を口にできなかった。
　龍麻の指摘はあまりに正しく、だからこそ、雪乃の胸を深く抉っていた。

「雪乃だって、折角美人なのに、勿体ないと思って」
「え・・・？」
　そんな風に言われたことなど、まるでなかったので、雪乃は自分の耳を疑った。
「確かに、京一なんかは雛乃さんみたいなタイプの方が好きだけどさ。
俺は、どちらかっていえば、俺と並んで歩いていける人の方がいいな。」
　さらりと言われた言葉は、慰めなのかもしれない。
　それでも雪乃は構わない、と思った。
　花のように笑って、守られることにずっと憧れていた。
　これからも、そんなふうにはなれないだろう。けれど、きっと自分は変わっていける。

　雪乃は龍麻に笑いかけた。
　その顔は、まさに花が咲きこぼれたかのようだった。

Ａｆｔｅｒ　Ｗｏｒｄ

雪乃→龍麻です。龍麻は雪乃に親しげだけど、それ以上の特別な感情がある訳ではありません。
名前で呼ぶのは、姉妹の区別のため。雪乃だけ呼び捨てなのは、男友達の感覚に近いからでしょう。（笑）
クリスマスイベントで、「可愛いものが好きだなんて、ガラじゃないだろ」と言う雪乃に、やっぱりコンプレックスなのかな〜、と思ったので。
２００４．７．５

Ｂａｃｋ