恋ではなく

「ああ良かった、カミーユさん、お願いしたいことがあるんですよ」
　そういって、図々しくもカミーユの前に腰を下ろしたのは、でっぷりと肥った中年の親父だった。
　男は汗を拭き吹き麦酒を二つ注文すると、一つをカミーユに押しやり、もう一つを喉をならして一気に飲み干した。
「あんたの依頼は御免だよ」
　カミーユは目の前に出されたジョッキには手を触れようともせず、ぴしゃりと言い放った。
　この男は以前、面倒な仕事を頼んできた上に、約束の報酬は渋ってなかなか払おうとしなかった。金貸しはそもそもあくどい者だと相場が決まっているが、この男はその中でも極めつけにタチが悪かった。
「まあ、そう仰言らず」
　男は口許だけで笑いながら、人相書きを押しつけた。それは、金髪に緑の瞳をした、軟弱そうな青年だった。
　カミーユはできの悪いその絵をぴん、と指ではじき返した。
「あんたのところには、強面の兄さん達がいるじゃないか。こんな優男の一人や二人、どうってことないだろ。」
「それがですね」
　言いかけて、暑くもないのに男はまた汗を拭いた。
「そいつは、マクドール将軍の使用人でして、それで、ウチの者が行くのはちょっと・・・」
　確かに、マクドール将軍に目をつけられたら、自分の手が後ろに回りかねないだろう。男はそういう商売をしていた。
「わかったよ、その仕事、引き受けてやろうじゃないか」
　絵のひ弱そうな男も気に入らなかったし、ちょっと男の鼻を明かしてやりたくもあった。
「そうですか、いや、有難い」
　男の顔がぱっと明るくなった。
「ただし、報酬は前金、いつもの三割増だよ」
　男が契約条件を言い出す前に、カミーユは畳みかけた。
「人に危ない仕事させようって言うんだ、当たり前だろう？」
　金貸しの強欲そうな顔が歪むのを見て、カミーユは満足そうに笑って、麦酒を飲み干した。

◇

　マクドール将軍の屋敷へ行くと、物々しい様子で警備がしかれており、おいそれとは近づけないような雰囲気が漂っていた。調べてみると、将軍の息子は謀反の疑いで追われているらしい。グレミオとやらも、それに従ってグレッグミンスターを逃げ出したようだった。
　思ったよりも厄介な仕事になりそうだったが、投げ出せば、「夜叉カミーユ」の名に疵がつく。ようやく探す青年を見つけたのは、反乱軍がトランの古城に人を集めている、という噂を頼りに出向いたカクの町だった。

　金色の髪に緑の瞳、頬には整った面差しには似合わない十字傷がある。人相書きの特徴は確かに同じだが、どこかにやけたようなその絵と、目の前にいる本人は似ても似つかなかった。
　こんな優しい顔をした男など、見たことがない。カミーユはなぜかどきりとした。
　内心の動揺を押し隠して、カミーユは青年に詰め寄った。
「ようやく見つけたよ、あんたが借りた金、今すぐ耳をそろえて返してもらおうじゃないか！」
　グレミオは驚いたように、ぱちぱちと瞬きをした。そうすると、まるであどけない少年のように見える。

　しらを切るグレミオに、カミーユは証文を突きつけると、ようやくことの次第が飲み込めたらしく、グレミオはあっ、という表情になった。
「さあ、どうなんだい、覚えがないとは言わせないよ」
「で、でも、今すぐ払えと言われても・・・」
　押し問答になりかけたその時、熊のような男が二人の間に割り込んだ。タイ・ホーの居場所を教えてくれれば、借金が返せるという。
　どうやら、連中は本当に文無しの様子だった。熊男の言葉は胡散臭かったが、このままでは埒が明きそうにないのも確かだ。
　返せない、というなら返せるまでついていくまでだ。カミーユは腹を括った。

◇

　なりゆきで転がり込んだ解放軍も、活動資金にかつかつで、兵を喰わせていくのが精一杯という有様だった。こんな状態で借金を取り立てられるはずもなく、不本意ながらカミーユは解放軍に居座る羽目になってしまった。
　グレミオが半ば騙されるような形で、強引に金を貸し付けられたのは、一行と旅を始めてすぐに判ったが、借りてしまったものはどうしようもない。
　カミーユは強欲な親父の顔を思い出して、苦々しい気持ちを噛みつぶした。
　今日は久しぶりにまとまった手当の出る日だ。こんな面倒な仕事は速く終わりにしたい、そう思いながら足早にカミーユはグレミオの部屋に向かった。