ユメの終わり

　遠くに悲しげな顔をしたジルの姿が見える。
　ああ、またあの夢だと、ジョウイは思った。眠りに落ちる度、逃げ出したいのに、逃げられない。
　当然だろう、責めを負うべき人間が未だのうのうと生きながらえているのだから。

　闇の中、入れ替わり立ち替わり現れるのは、自分が手にかけた皇王アガレスやルカ・ブライト。いつしか気がつくと、戦いの中死んでいったハイランドの兵士達が足下を取り巻いている。
　彼らは無惨な姿で、口々に怨みの言葉を吐き出し、ジョウイを底のない闇へと引きずり込もうとした。
　恐怖のあまり声も出せず、夜毎飛び起きる。
　ジョウイは、傍らに眠るレンとナナミを見て、そのたびに安堵した。レンとナナミを起こさぬよう、荒い息をゆっくり整える。
　ジョウイが戻ったことで安心しているのか、今までレンとナナミが気づいて目を覚ましたことはなかった。
　ジョウイは、剣の紋章の宿る右手を撫でた。
　戦いが終わって、真の紋章を封印しよう、と提案したジョウイに、レンは狂ったように拒絶反応を示した。
　紋章を封じれば、ジョウイの命が失われてしまうような気がして、怖ろしいのだろう。
　正直な所、限界まで弱っていた体が紋章の力によって癒やされた、という感じは確かだったが、自分が今生きていられるのが一体どういう作用によるものかは心許なかった。
　今はふたつの紋章はその役目を終えて、レンとジョウイ、それぞれの中で眠っている。
　一度は死を覚悟したものの、いざ命永らえてみれば、生きることを止められない。ジョウイはひっそりと嘆息した。

　レンとナナミが抱き合うようにして眠っている。乱れた毛布をそっと直して、ジョウイは再び眠る努力をした。きっと、眠れないことは判っていたけれど。　

◇

　扉に固く鍵をかけると、ナナミは振り返ってぱん！と手を打った。
「道場はきれいに片づけたし、これで戸締まりもバッチリ！
　ねえねえ、レン、ジョウイ、これからどこに行こうか！」　
　人目を忍ばなければならないのは以前と同じだが、今度の旅は誰に追われるわけでもない。ナナミの笑顔もひときわ明るかった。
「じゃあ、まずトランに行きたいな」レンが即座に答えた。
「あっ、そうか。あの人に会いに行くんだね。そうだね、ジョウイのこともちゃんと報せなきゃね」
　ひとり話の見えないジョウイが首を傾げた。
「南の赤月帝国がトラン共和国になったよね。そのときのリーダーだった人に、お世話になったことがあるんだ。
　戦いが終わったら、きっと３人で会いに行くって約束したんだ」
「それは、レパント大統領のことかい？」
　トラン共和国が新同盟軍に援助をしていたことは、ジョウイも当然ながら知っている。ハイランドにとって長年の脅威であった国の名に、ジョウイは反射的に顔をしかめそうになった。
　レンは首を振ると、破顔した。
「ううん、解放軍を率いた人は、僕らと同じくらいの年だけど、すごい人だよ。
　会えばきっと、ジョウイも好きになると思う」
　ナナミも横でうんうん、と頷いた。
レンとナナミ、ふたりともにこんな顔をさせるとは、一体どんな相手なのだろう。ジョウイは顔も見たことのないその誰かを羨ましく思った。