グレッグミンスターは都市同盟は勿論、ハイランドの首都ルルノイエよりも大きな街だった。
「うわぁ・・・」
　門をくぐるなり、ジョウイの口から思わず息が漏れた。
　白亜で統一された町並みは復興もめざましく、戦禍の痕はもはや殆ど見られない。
「じゃあ、まだ日も高いことだし、見物がてら先にリョウさんの所に挨拶に行っちゃおうか」
　辺りを珍しげに見回すジョウイの様子を見て、楽しげにナナミが先に立って歩き出した。


　この街に住めるのは、貴族階級や、庶民でもかなり財力のあるものに限られるのだろう。立ち並ぶ建物はどれも荘重さと適度な豪華さを備えており、その景観はまさしく「帝都」と呼ばれるにふさわしかった。
　しばらく歩くと、３人は特に大きな屋敷の並ぶ通りに来ていた。その中でも、一際大きく、重厚な印象を与える邸宅の前で、レンとナナミは立ち止まった。
「ここが・・・？」
「うん、リョウさんの家」
　ジョウイはようやく、トラン解放軍のリーダーが帝国貴族の息子だったと聞いたことがあるのを思い出した。
「ジョウイがそんなに驚くなんて、珍しいね」
くすくす、とレンが笑った。



　呼び鈴を鳴らすと、少ししてからグレミオが顔を出した。
「久しぶりですね、あなた達でしたか。
　おや、今日はお友達も一緒なんですね」
　グレミオは、レンとナナミを見てから、ジョウイにも同じ笑顔を向けた。
　ジョウイは、それまでの緊張がほぐれていくような気がした。
「どうぞ、入ってください。坊ちゃんも喜びますよ」

　部屋に通されると、リョウは書物を開いているところだった。
　顔を上げて、レンとナナミを認めると、リョウは晴れやかに笑った。
「よく来てくれたね。ちょうど良かった、レパントがまだ僕を大統領にしたくて仕方ないようだから、そろそろ旅に出ようかと思ってたんだ」
　リョウは椅子から立ち上がると、３人を招き入れた。
「そちらの彼が、君の友達だね」
　リョウの問いかけにレンが頷くと、リョウは親しみのこもった笑みをジョウイに向けた。
「初めまして、僕はリョウ・マクドール。グレッグミンスターへようこそ」
「ジョウイ、です。初めまして」
ジョウイはあえて家名は名のらなかった。それでも、誰だか判っているはずなのに、リョウがジョウイに向けた笑顔は友人を迎えるものでしかなかった。
「君の話は、よくレンから聞いているよ。今日はみんなでゆっくりしていくといい」
　そういうと、リョウはお茶の支度をしているグレミオを呼んだ。
「グレミオ、今日、３人分の食事とベッドの支度をしてくれないか」
　心得たようにグレミオが頷く。
「そんな、悪いですよ。急に来たのに泊めていただくなんて」
　レンが恐縮して断ろうとすると、リョウはにこりと笑った。
「僕が泊まっていって欲しいんだ。聞きたいこともたくさんあるしね」
リョウの口調には、有無を言わせぬものがあったが、不思議と不快ではなかった。人の上に立ち、命じることに慣れている、というだけでなく、人を惹きつける何かがあってこそだ。


　夕食の席にはグレミオの心尽くしの料理が並べられ、レンとナナミは勿論、ジョウイにとっても楽しいものになった。
「もう、ナナミったら、そんなに慌てて食べるとみっともないよ」
　姉とは対照的に、おっとりとシチューを口に運びながら、レンはナナミの猛烈な食べっぷりをたしなめた。
「別にがっついてなんかないもん！」
　ナナミが顔を赤らめる。
「まだまだおかわりはありますからね、たくさん食べてください」
　料理人にとっては、ナナミの食欲はむしろ好ましいものに見えるのだろう。グレミオが目を細めた。
「グレミオさんって、料理上手なんですね。特にこのシチューなんか、本当に美味しいです」
「そうだろう、グレミオのシチューはどんな料理人にだって負けやしないよ」
　ジョウイが感心して言うと、リョウは我がことのように微笑んだ。

「今度、グレミオさんにお料理教えてもらおうかな」
　ナナミが言い終わる前に、レンとジョウイ、二人が揃ってものすごい形相で首を振った。
「ナナミに教えるくらいなら、犬に教えた方がよっぽどましですよ！」
「何よぉ、こないだはちょっと油と酢を間違えちゃっただけじゃない」
　ナナミがぶう、とむくれて見せる。リョウが声を立てて笑った。


　デザートまできっちりと平らげると、疲れが出たのか、ナナミがうとうとし始めた。
「ナナミ、こんなとこで寝ちゃダメだよ」
「うぅん、だいじょおぶだよぉ・・・」
　久しぶりにまともなベッドで眠れる安心感もあるのだろう、ナナミの呂律は早くも怪しくなっている。
「もう、ナナミってば」
「よほど疲れてたんだね、君たちも疲れているだろう。僕のことは気にしなくて良いから、早く寝むといい」
　レンは非礼を詫びたが、ジョウイは席を立てることに内心ほっとしていた。
　夕食の会話は当たり障りのないものだったが、気を遣われるのは却って気疲れする。
　用意された部屋にナナミを抱えて戻ると、眠りが訪れるのはあっという間だった。