サロメが選んだ新しい従者は、素直な瞳をした少年だった。
　引き継ぎと言うほど大したこともなく、少年に幾つかの心得を教え、引きあわされたその日に、ルイスの最後の務めは終わった。
　増えた自由な時間は、剣の稽古や勉学に充てられると同時に、間近に迫った叙勲式の準備が意外に慌ただしく、ルイスは感傷に浸る間もないまま日にちが過ぎた。

◇

　次にルイスがクリスの顔を間近に見ることができたのは、叙勲式当日のことだった。
　従者の任を解かれたのはほんの１月前のことなのに、もうずっと長いこと会っていなかったような気がする。
　クリスの横に並ぶ六騎士達とルイスの距離は遠く、それはそのまま騎士団内での立場の差を表していた。
　誰はばかることなく、クリスの隣に立つためには、もっと力をつけなければならない。彼らに追いつくには、まだ何年もかかるだろう。でも、きっと自分はあそこに立ってみせる。ルイスは改めて胸の中で誓った。


　ルイスは名前を呼ばれると、前に進み出て、クリスの前に跪いた。
　ルイスの肩に儀礼用の剣が当てられ、ルイスは定められた誓句を口にした。
　ずっと憧れていた瞬間は、拍子抜けするほどあっけなかった。

　ルイスが席に戻り、次の者が席を立ったその時、ルイスはこの場に不自然な、魔法の力が動く気配を感じた。

「騎士団に巣くう魔女め！！」
　クリスから叙勲を受けるはずのその者が上げる叫びを、ルイスはどこか遠くのものとして聞いたような気がした。
　青年が取り出した火炎魔法の札が発動するや、炎がクリスとその周囲を襲う。
　魔法は難なくかわしたものの、クリスは儀礼用の、刃の入れていない剣しか身につけていなかった。青年が抜いた剣を受けて、クリスの華奢な剣は音を立てて折れた。
　考える暇など、なかった。
　ルイスは、クリスの前に回り込むと、クリスを庇うために凶刃の前に身を投げ出した。
「ルイスーッ！」
　儀礼用の衣装は豪華ではあったが、身を守るには不向きだった。ルイスの胸を深々と剣の切っ先が抉り、真紅の血がルイスの衣装を濡らした。


　流石に、騎士達が体勢を立て直すのは早かった。
　刺客の青年は直ぐに取り押さえられ、叙勲を待っていた騎士達は速やかに別室に移動させられた。
　そして、その場に残ったのは六騎士達だけとなった。
「ルイス、しっかりしろ！」
　クリスはルイスの傍らに屈みこみ、手をとった。
「クリス、さま、よかった、ごぶじ、で」
　見る見るうちにルイスの顔が土気色に変わり、死相が浮かび上がる。
　握りしめたルイスの手から力が失われたとき、クリスは絶叫した。
　その時、ルイスの流した血に染まった手に、真なる水の紋章が浮かび上がった。
　真なる水の紋章は、死者さえも冥府から呼び戻すことのできる力を持っている。大いなる力は、相応の代償を求める。だから、決して使うまいと決めた力だった。
　けれど、悲しみはその枷を易々と壊した。
　クリスの慟哭に応えて、水の紋章は求める力を与えた。
　青白くやさしい輝きがルイスの体を包むと、血の汚れが洗い落とされたように消え、見る見るうちに蒼白だったルイスの顔が、ピンク色の血色を取り戻す。
　止まった呼吸が戻り、うっすらとルイスが目を開けたのを見届けると、クリスは力を使い果たして気を失った。